歴史のマンガ・ゲーム

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最近<結果>よりも<過程>の方が大切かも、と考えるようになった

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最近、

<結果>よりも<過程>の方が大切かも、

と考えるようになった。

以前は逆だった。

しかし、<結果>はもちろん大切なのだが、それにこだわると<過程>が滅茶苦茶になることがある。

例えば昨年の私は仕事で<結果>にこだわりすぎた結果、体調を崩してしまった。

また、「急いては事を仕損じる」というが、逆に、ときには<結果>のことなど考えずにマッタリと<過程>を楽しむことも大切だ。

例えば、今の私は自転車、電子工作、プログラミングの3つの趣味を楽しんでいるが、楽しんでいるのはその<過程>であって<結果>ではない。

特に電子工作で<結果>を出すことは難しい。現実に役に立つアイテムを作ろうとすると、電源やサイズが大きすぎたり、プログラムが複雑になってしまったり膨大な周辺知識が必要になったりする。要は、現実に役に立つアイテムを作ること(すなわち<結果>を出すこと)は本当に大変なことなのだ。

だから、電子工作を楽しむなら、役に立つアイテムを作ることよりも、役に立たないものであってもそれを作る<過程>を楽しむことの方が現実的だ。そして、その<過程>を楽しんでいるうちになにか新しいものが生まれてくるかもしれない。

例えば先日、作っていたプログラムに電子工作を接続できることに気づき、生まれて初めて温度計を作った。

これは意外だった。なぜなら、<過程指向>で作業していたので、何か役に立つものができることは期待していなかったからだ。

以前、電子工作を始めたころは自分の子供のおもちゃを作るという<結果> を出そうと試行錯誤した。結果としておもちゃを2つ作ったが・・・

残念ながら子供にはあまり受けなかった。このような<結果指向>な進め方は、どうしても無理が出てしまう。

<過程指向>な進め方では<結果>が出せて、<結果指向>な進め方では<結果>が出せない。おかしな話だ。だがその一方で、<結果指向>でなくても<結果>は出せるのだから、

<過程指向>でマッタリ行こうよ、

という安堵感のあるメッセージでもある。

まあ、今までの私の<結果指向>は受験期に染み付いた考え方なのだろうが、そろそろ払拭したいものだ。