読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

歴史のマンガ・ゲーム

歴史マンガの背景解説(写真や図解)・感想+歴史ゲームなど

千田教授と歩く犬山城:実戦的で特徴的な縄張り

f:id:weed_7777:20161210140801j:plain

奈良大学の千田教授とともに犬山城へ行くツアーに参加しました。とにかく千田先生の解説が元気で面白くてノリノリで、めっちゃ楽しかったです。犬山城の独特な構造についてもよく理解することができました。

地図

f:id:weed_7777:20161211070623j:plain

ここにあります。

f:id:weed_7777:20161211070410j:plain

これが現況図。

f:id:weed_7777:20161211070437j:plain

こちらが古地図です。

基本的な造りは、背後には木曽川、左右には堀があり、下からしか入れないようになっています。

講義

犬山城とは

f:id:weed_7777:20161210105857j:plain

立派な天守が残っている城である。他には松本城、彦根城、松江城。犬山城は、初期の望楼型の城、多聞櫓という、城の基本的な形である。

f:id:weed_7777:20161210110823j:plain

昭和期などに日本中の城を造るときの模範とされた。例えば宮崎県日和城は、本当は天守閣はなかったが、犬山城のような天守閣が建っている。他に愛媛県川之江城、愛知県清洲城など。

犬山城の構造

普通の城は本丸、二の丸、三の丸のように序列化されている。この形が信長、秀吉、秀吉家臣、江戸時代のスタンダードな城の形である。

f:id:weed_7777:20161210111557j:plain

f:id:weed_7777:20161210111803j:plain

f:id:weed_7777:20161210112151j:plain

しかし、犬山城は近世の一般的な城の作りとは乖離している。城の中心を裾から本丸に向けて大手道が通っており、大手道からそれぞれの丸にアクセスできるようになっている。この大手道が犬山城の縄張りを読み解く鍵となる。大手道には5つの門があった。空堀とも組み合わされて造られている。

f:id:weed_7777:20161210112334j:plain

f:id:weed_7777:20161210112429j:plain

f:id:weed_7777:20161210112444j:plain

枡形大手道と序列化された郭で何重にも止めるのは慶長期の城によく見られる。例えば熊本城では、外枡形が連続している。

f:id:weed_7777:20161210112607j:plain

他に松坂城も犬山城と共通しているが、郭の中を通らないと次の場所にたどり着けない。

西側の守り

f:id:weed_7777:20161210112753j:plain

f:id:weed_7777:20161210112846j:plain

f:id:weed_7777:20161210112907j:plain

空堀があった。今はだいぶ埋まってしまっているが、当時はかなりの急斜面だった。それを横堀、石垣でフォローしている。岩盤と石垣をつなげている。

東側の守り

f:id:weed_7777:20161210113116j:plain

f:id:weed_7777:20161210113158j:plain

切岸があった。急傾斜で、岩による天然の守りがあった。傾斜はほとんど90度だった。現状はだいぶ埋まってしまっている。

これらのことから、犬山城はかなり実戦的な城であったことがわかる。木曽川という交通の要所を押さえ、濃尾平野(尾張)の北側の入り口を守るための城だった。

石垣

現在の石垣

f:id:weed_7777:20161210113349j:plain

どこも残念な石垣で、当時(江戸時代初期)の石垣ではない。石垣はどうしても修理が必要だが、あまり考えずに修理してしまっている。文化財としての石垣をふまえていない。

天守の石垣

昭和の修理で大幅に直されているが、当時の石垣は現在のものと全然違うことがわかる。発掘で見つかったとても古い石垣が、これからの修理の参考になると期待される。

天守

f:id:weed_7777:20161210113826j:plain

f:id:weed_7777:20161210114313j:plain

窓があるように見えるが、飾りであって開かない。安土嬢の天守も同様の構造であったろうと言われている。犬山城の一重、二重は古くからあり、三重目をあとから追加したという説が一般的である。

実地

午後から実地見学でした。

城の東側

まずは名鉄犬山ホテルの駐車場で水堀跡を見学。

f:id:weed_7777:20161210134454j:plain

古地図ではここです。

f:id:weed_7777:20161210162309j:plain

大手道

さて、いよいよ大手道にやってきました。置かれている岩石。この山は基本的に岩山なんですね。

f:id:weed_7777:20161210135907j:plain

城の南西から西側を守るための空堀。

f:id:weed_7777:20161210140648j:plain

古地図のここです。

f:id:weed_7777:20161210162503j:plain

大手道がクランクになっており、枡形を成しています。

f:id:weed_7777:20161210140801j:plain

石垣

「残念な石垣」たぶんこの時代の石垣はもっと小さい石をたくさん積んでいたんだと思います。

f:id:weed_7777:20161210141238j:plain

鏡石(漢字は違うかも)。本丸前の石垣で、来客に城主の権威を見せるためのもの。

f:id:weed_7777:20161210141416j:plain

先ほどの石垣は向かって右側でしたが、今度は左側。積み方が違いますね。これではマニアはガックリ・・・

f:id:weed_7777:20161210141556j:plain

本丸

本丸に入る門。ここもクランクの枡形になっています。

f:id:weed_7777:20161210141816j:plain

古地図ではここ。

f:id:weed_7777:20161210163027j:plain

天守閣

天守前。記念に撮ってもらいました。

f:id:weed_7777:20161210142150j:plain

改めて天守閣。1階と2階は古くに造られ・・・

f:id:weed_7777:20161210142711j:plain

3階の望楼は比較的後期に付け足された。

f:id:weed_7777:20161210142827j:plain

2階の窓が突き上げ戸で雨除けと銃眼を兼ねています。

f:id:weed_7777:20161210143349j:plain

これはInstagram用の写真。

f:id:weed_7777:20161210144234j:plain

天守閣内部

1階はもともと、いちど地下に降りて中で1階に上がる構造でした。大きなひさしが雨水が流入するのを避けていたのでしょう。小牧山城も同じような構造。

f:id:weed_7777:20161210144242j:plain

これは1階から2階への階段。急勾配です。

Post from RICOH THETA. #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

2階の突き上げ戸から本丸を見下ろしています。

f:id:weed_7777:20161210144706j:plain

中2階は狭いです。

Post from RICOH THETA. #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

3階望楼部分からの眺め。

Post from RICOH THETA. #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

最後の眺めがいちばん良かったですね。まさに支配者の視点。まあ3階は後から追加された部分ですけどね。

おわりに

とにかく千田先生のパーソナリティーが光るツアーでした。冗談を交えつつ説明には熱意がこもっていて、とても楽しかったです。大満足なツアーでした。明日もありますけどね。